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2006年10月29日 (日)

今週(10月30日~11月5日)の運気

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 こころ正しければ、得るものがあり、想うことは通る。人、仕事、考え方など、正しくあるものにこころを開いて、付き従えば、いいことがある。
 
 火の上に火がある。これは、地を照らして命を育む太陽と、人のこころの無明や無知、また世の中の闇を退けて燃えて輝く人生や文明をもたらす知の重要性を示唆している。
 同時に、火は火だけでは存在し得ない。火はなにかに燃え付くことではじめて生じるものだ。そして、燃え付いた対象が正しいものであれば火は明々と燃え輝き、間違ったものであれば燻って消える。人もまた、人や仕事や思想と出会い、それらに付き従うことで人それぞれの人生が生じる。そして人生もまた、付き従う対象が正しくなければ明々と燃えて輝くことはない。すなわち、美しく燃え輝いて生きるには、無知や無明を退け、謙虚に、そしてクールに、正しく自分にあった対象を選択する明るい知を欠いては成し得ないということをメッセージしているのだ。
 さらに、火のもう一つの属性は飛び火という言葉があるように、よく注意していないとあちこちと飛び火して、すぐに火元、つまり、ほんとうに自分のやりたかったことが分からなくなってしまうという、単に軽薄や短気といってすまされない危険な性格も象徴している。
 すなわち、これは、いま、直面している問題が短気や移り気に起因していないかどうか、いま、自分が生きたい人生を生きているか、付き従うべき人、仕事、思想に付き従っているかどうか、いま一度、知を動員して再検証してみるべきときに来ているということを示唆しているのだ。長くもない人生をなんのために生きてきたのかが分からなくなるような羽目に陥らないために、省みて、いま、その作業が必要だというのである。

 こころある人はこの卦をみて、知を省みて日々にこころ正しくあることの必要を知り、常に暗と明を見分ける知識と知恵を磨いて、こころにかげりが生じないように努めたという。


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2006年10月22日 (日)

今週(10月23日~29日)の運気

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 よいグル(師)に出会えば、得るものがある。こころ正しければ、想うことはすべて通る。感謝して祖先の霊を祭れば、幸運に恵まれ、ナニをやってもうまくいく。
 地の窪みに沢の水が集まって命あるものを潤し、万物を養い育てるように、いま、天恵を得た人びとが方々から集い、その交わりの中から愛や歓びが生まれ、新たな創造やそれぞれの命運が育成されようとしている。こころ正しければ、ナニをやってもうまくいくというのは、いまがそういう運気の盛んな時期に入ったからだ。
 しかし、だからといって気を抜いたり安心に寄り掛かったりしてはならない。なぜなら、人や物が集う時、水が集まり過ぎると洪水を引き起こすように、集うことが予期せぬ修羅を引き起こす原因にもなり得るからである。それゆえ、進むところにおいて、一層こころ正しくあることに気を配る必要があるわけだし、だからこそ、集積されたエネルギーを正しく導く術を知っている知恵ある人の助けが必要なのである。

 いまは道が塞がっているように見えるが、どんな不運も時が来て極まればかならず幸運に転じる。ただ、そのときがいつかはだれも知ることはできない。だからこそ、なお、こころ正しく生きようとするものは、かならずや、おおいなる歓びの日が訪れるのだという確信を疑ってはならない。


 こころある人はこの卦をみて、不測の事態が起こり得ることを知り、常にこころを戒めて、どんな事態にも対応できるように備えを厚くすることに努めたという。


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2006年10月15日 (日)

今週(10月16日~22日)の運気

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 想うことは通る。こころ正しければ、進んでも戻ってもなんの問題もない。諦めていたことに再チャレンジするにも良いときであることに変わりはない。しかし、新たな命が固い地面を破って芽を出そうとしているときのように、いまは、なにごとも安々とは運ばないことをこころしておく必要があるようだ。それゆえ、なお慎重に先を急がず、現状を正確に把握することに主眼をおいて、志を同じくする友と力を結集してことを進めることだ。いいことがある。
 先週に続いての【一陽来復】、余程のことである。述べたように、地中に陽の気が生じ、再生(復活)のときが始まろうとしている。だが、地は思いがけなく固く、地上に出て雷鳴を響きわたらせるようになるには、まだ難渋しそうである。しかし、これは生みの苦しみである。したがって、焦らず、自ずと道が開けるのを待つ、の覚悟を決めて、間違っても先を急いで軽挙妄動に走ることのないように。
 また、すぐには道が開けないということは、ありがたいことに、そのときまでに、まだ若干の時間的余裕があるということでもある。それゆえ、いまは、その時をただ手を拱いて待つのではなく、その猶予を利用して、いま一度、ディープに想うところを再検証し、準備を厚くして力を蓄えることだ。ステイ・クール、ビー・ヒア。一陽はかならず来復する。

 状況は困難であるうえに、一気にそれを乗り切る力はまだ整っていない。小さなことから一つづつ解決していくことだ。正しくさえあれば問題ない。しかし、力以上のことをやろうとすれば正しくとも失敗する。


 こころある人はこの卦をみて、足を止め、手を休めて、こころ静かに、想うところを実現させるためのスケジュールをこころいくまで繰り返し検討したという。


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2006年10月 8日 (日)

今週(10月9日~15日)の運気

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 想うことは通る。進んでも戻ってもなんの障害もない。想いを同じくする友と集えば、いいことがある。失ったものも7日で戻るだろう。諦めていたことに再チャレンジするにも良いときだ。積極的に、しかし、気負わず、ことを進めるといいことがある。
 いま、地中に陽の気が生じ、再生(復活)のときが始まろうとしている。【一陽来復】というめでたい言葉はこの卦の形から生れた言葉だが、しかし陽の気はまだ生じたばかりなのだ。その消長はしっかりと定まったものではなく、果たして地上に出て雷鳴を響きわたらせるようになるかどうかはまだ判然としていない。クルマでいうならエンジンをかけたばかりなのだ。いきなりアクセルを踏み込んでマックスパワーで走り出そうとすれば、目的は正しくても、かならずスタックする。
 この【一陽来復】という再生/復活の好機をムダにしないためには、まず、ことの行く方を見極めることに主眼をおいて、決してムリをせず、エンジンが暖まるのを待つように、Deeper and deeper、徐々にペースをあげていく細やかな心遣いが不可欠である。急いてはことを仕損じる、のだ。

 まごころをもって人に親しむこと。あふれるような真をもって接すれば、人びとが寄り集まってきて思いがけない幸運が舞い込むだろう。
 身辺から去ろうとする者がいる。しかし、追ってはならない。去る者は追わずという。あとでそれがよかったと気づくだろう。


 こころある人はこの卦をみて、足を止め、手を休めて、こころ静かに、想うところを実現させるためのスケジュールをこころいくまで繰り返し検討したという。


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2006年10月 1日 (日)

今週(10月1日~8日)の運気

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 いまは冷静さが必要とされるときだ。まず人と自分の違いを認め、冷静に相手の気持を思いやってみれば、違うなかにも同じ想いがあることを発見できるはずだ。そのことを理解して行動すれば、すべてはうまく行く。ただ、小さなことを行うのはいいが、大きなことを行うのはよくないときだ。信頼できる人のアドバイスに耳を傾けるといい。
 この卦は天と地、男と女、陰と陽が対極にあって正反対の性格を持ちながら、互いを求める気持を共有しているように、表面的には背き合っていても、内面には一致するものがあるのだという物事の実相をメッセージしている。しかも、そうして相反していながら互いの内面に共有しているものがあることを見取ることができてこそ、はじめて万物は生じるのだ。それができなければなにも始まらない。
 したがって、事態の実相を見取り、志を実現させるためには、まず人も物事も表面だけを見るのではなく、たとえ対極にある人や物事でも、深層には通じ合うものがあることを見い出していくこと。そのためには表面的な違いや対立にとらわれて熱くなることなく、クールに深い洞察力を働かせることこそが、対立を解消し、次なるステージへと道を開くために、いま、なすべきもっとも重要な作業なのである。
 
 一心に求め、探していれば、会いたかった人に、思いがけないところで出会うだろう。まだ道を外していなかったからこそだ。咎めはない。

 こころある人はこの卦を見て、相反するものにさえ共通するものがあることを知り、想うところは同じであっても、行いにおいては他に同ぜず、淡々と自分のスタイルを通すように心掛けたという。


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