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2007年7月 8日 (日)

今週(7月9日~15日)の運気

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 いまは動くときではない。手足が激しく動いているときでも、動かない背中のように、天地の動きを全身に感じて、取り巻く世界の動静には影響されず、他力をあてにせず、こころを平にしてわが道に踏み止まり、そして、力を貯えるときだ。そうしていれば、なんの問題もない。

 山の上に山がある。それは重なる苦難が前途を塞いでいるから、止まれ、と、山々が自らの高みに安んじ、泰然として動じないように、いまある現況に安んじて動かないでいるときだということをメッセージするものだ。
 同時に、山にはそれぞれの高さがあるように、人にもそのときどきの分限(立場)がある。また人生には進むべきときと止まるべきときがある。ひとはただ闇雲に突き進めばよいというものではなく、そのときどきの自らの分限(立場)と進退の機微をクールに見きわめて、行くべきは行き、止まるべきは止まる。そこに人生の王道があり、揺るぎない未来が約束されるのだということもメッセージしているのだ。
 そして、いまはなにごとも歯車が噛み合わないときだから、こころを安らかにして動ぜず、自らを磨くことに専心していれば、行くべき道は、自ずと開けるというのだ。

 その頬に止まる。発言を求められたときには、慎重に言葉を選んで筋道の通った意見を述べ、言葉を慎むように心掛ければ、悔いは残らない。
 こころ静かに、その止まるべきところに自ら止まる。安んじて止まっていれば、自ずと新たなステージが開ける。


 こころある人はこの卦を見て、止まるべきときは止まることの必要を知り、自らのいるところにとどまって、等身大を超えた野心を持たないように努めたという。

 人は止まる、動かないでいることに不安を覚える。世の中も右肩上がりに前進していれば安堵し、停滞すると世界が終わったような気がする。なぜか。朱子はいう。
 それは生きものにとって〈動〉は生を意味し、〈止〉は死を意味するからだ。それゆえ、動いていることに安心を覚え、止まることに不安を感じる。それは死の不安から逃れたいという、生への執着がもたらす、きわめて人間的な、ある意味ではバランスを欠いた心性だといえる。どんなにジタバタしようとも物事にはかならず終わりがあり、人はかならず死ぬ。その現実をきちんと受け入れ、動くことによってごまかそうなどとはせず、みずからすすんで止まるとき、人ははじめて逃れて得る安心ではなく、真の安心を知ることができる、と。朱子は六十四ある卦のなかで「もっとも好きな卦だ」といっている。また、ある達者はいう。
 こころがいま現在に止まっていれば、そのときこころは静寂と至福に満たされる。安んじてそこに止まれ。ビー・ヒア・ナウ。


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2007年7月 1日 (日)

今週(7月2日~8日)の運気

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 この週、沖天に昇った太陽が、命あるすべてのものに燦々とエネルギーを降り注いでいる。想うことがなんであれ、おおいに叶う。ピンライトのなかに浮かび上がった主役のように臆せず、積極的に行動するときだ。しかし、それは天が味方をしてくれているからだということを忘れてはならない。

 天の上に火がある。
 いま、燃え盛る太陽が沖天に昇り、万物に光と熱を与え、その慈愛に満ちた広大無辺な包容力でもってすべてを包み込んでいる。地にあってその恩恵を受けないものはなにひとつない。もちろん、万物の一員である自分も例外ではなく、その行なうところを全面的に受け入れ、そしてバックアップしてくれる。
 想うところを照らし見て、それが私利私欲を満たそうとするためのものではなく、〈天〉=剛健な精神と〈火〉=輝く知性を両輪として世のため人のためを想うものであれば、単に想うところが叶うというだけではなく、望外な成果を得ることができるだろう。

 小さな成功でもそれを手にする人はと偉そうに振舞ったり生活も派手になったりしやすいものだ。自戒して謙虚、倹約に努めれば、悪いことはない。
 自分の能力を謙虚に見極めて、そのすべてを尽すことだ。それだけで必要なものは十分に得られるのだ。能力以上のことをしようとすれば禍いが降りかかる。
 危機はすべてがうまくいき、大有の極に達したときに芽生える。そうと知って自らを戒め、慎むものだけが真の成功者を生きることができるのだ。
 信頼してこころを開いて接すればこそ、相手も信頼してこころを開くのである。威厳は偉ぶる態度によって得られるものではなく、偉ぶらない態度のなかに自ずと宿るものなのである。


 こころある人はこの卦を見て、まずは日常の行いの隅々にまで光を当てて検証し、悪しきところは直ちに止め、善きところは延ばすようにして、思い行なうところに一点のかげりもないように努めたという。

 この卦を得たとき、古人は飛び上がって喜び、天を仰いで感謝の意を捧げたという。〈大有〉とはその有するところが大きいという意味。なぜ、大きいか?天のサポートがあって自らの実力以上のものが得られるからだ。
 今週は〈天がついている〉ことを実感できるシンクロニシティ(歓喜すべき偶然)を感じる機会が多いはず。逃さず、そのリアリティを実感・体得して、いつでもその〈天がついている〉感覚を呼び起こせるようにトレーニングを。3月と5月にも同じチャンスがあったけれど、このように続けて天なるフォースを味方につける術を学習する機会がやって来るなんて!なにか〈理由〉があるのかもしれない。あくまでも謙虚に、小さな幸運にも天なるフォースが味方をしてくれている事実を体感して、その都度、深い感謝の念を捧げましょう。


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